JOHN MUIR TRAIL
ジョン・ミューア・トレイルは,アメリカ合衆国,カリフォルニア州東部のシエラ・ネバダ山脈にある。自然保護運動家でアメリカ国立公園の父といわれるジョン・ミューア(1838~1914)の功績をたたえて作れた全長340kmの山岳道である。トレイルは,ヨセミテ滝やハーフドームで有名なヨセミテ国立公園から,アメリカ合衆国本土の最高峰であるホイットニー山(4,418m)まで続く。
トレイルの北の始点は標高1,230mのヨセミテ・バレー。標高が1,000m台はその付近だけで,2,500m前後の森林地帯と3,500mを超える高山地帯の上り下りである。

トレイルは,森を抜け,草原を横切り,渓谷の奥へと続く。つづら折りの峠道を登り,平原を進み,いくつもの川を渡り,湖を巡る。そこには3,000mを超える峠が9つあり,中でも標高4,023mのフォレスター峠は,最大の難関となる。
ホイットニーの山頂にゴールしてからも,登山口のホットニー・ポータル(標高2,500m)まで12km下る。実質の全長は350kmを超える。
このトレイルは,アメリカで最も知名度が高く,「世界中のバックパッカー(荷物を背負って山野を歩く人)のあこがれ」といわれているが,日本ではあまり知られていない。1999年に加藤則芳氏がその著書「ジョン・ミューア・トレイルを行く」で紹介してから,全行程踏破(スルーハイク)する日本人に出会うようになった。
加藤氏がNHKのTV取材を兼ねて30日かけて歩いたことから,同じような日程で歩く日本人に3回出会った。いずれも私たちが追い付き,追い越した。私たちは,1回目のスルーハイクは17日間,2回目は16日間であった。
20日くらいかけて歩く人に一番多く出会うが,体力のある人や慣れた人はそれより短い。9日で歩いた人や,7日で歩くというカップルに出会ったこともある。
どのような日程であれ,食料補給計画と荷物の軽量化,十分なトレーニングが成功のかぎになる。
● トレイルのハイライト
トレイルの北の始点のヨセミテ・バレーからの数キロは,バーナル滝やネバダ滝に向かう日帰りのハイカーで賑わう。
ヨセミテ渓谷の象徴であるハーフドームの山頂を目指すハイカーもここを通る。ここから25kmの道のりで,標高2,557mのカセドラル峠を越える。
ツオルムン草原には,簡易郵便局や食料品店があり,最初の食料補給ができる。駐車場のフードボックス(食料保管庫)に食料を入れておけば無料だ。
ツオルムン草原を過ぎ,なだらかなライエル渓谷を川に沿って歩くと,急峻なドノニュー峠が待ち受ける。
そこでヨセミテ国立公園に別れを告げ,アンセル・アダムス・ウィルダネス(自然区)に入る。アンセル・アダムスは写真家でヨセミテ渓谷にギャラリーを持つ。
アイランド峠(3,124m)を越すとサウザンアイランド・レイクやガーネット・レイクの他,エメラルド・レイク,ルビー・レイク,シャドー・レイク,ロザリエ・レイクが美しさを競うように並んでいる。
柱状岩石で有名なデビルズ・ポスト・パイル国立記念物のレッズ・メドウには売店があり,ハイカーの食料を1日1ドルで預かってくれる。そこが,第2の食料補給地点となる。
レイク・バージュニアは,レッズ・メドウから24kmで,その辺りまで来ると日帰りや数日のハイカーより,ジョン・ミューア・トレイルの全行程踏破を目指すハイカーが多くなる。
その先のシルバーパス・レイクはシルバー峠(3,322m)を超えたところにあり,その前後にあるたくさんの名もない湖とともに,バックパッカーの目を楽しませてくれる。
マリー・レイクの眺望が楽しめるセルダム峠(3,313m)を超えると,トレイルはハート・レイクやサリー・キーズ・レイクを通って,一気に1,000m下る。その辺りにミューア・トレイル・ランチがあり,バックパッカーの食料を預かるサービスをしている。ここには,車道がなく,ラバで荷物を運ぶために1個につき40ドルかかる。ラバの往復が週に一回であるため,ゆとりをもって送っておく必要がある。これより南,トレイルに隣接する食料補給地点はなく,横道にそれ人家のある地点まで往復で2日かかる。好みの地点での食料補給を希望するならば,パッカーと呼ばれる馬とラバで人や荷物を運ぶ業者がいる。料金は500ドル以上するが,指定した場所と日時に食料を届け,ごみを持ち帰ってくれる。
トレイルの南半分には3,600mを超える峠が5つある。
最初の峠のミューア・パス(3,644m)には,花崗岩でできた避難小屋,ミューア・ハットがある。
峠の両側の2つの湖,ワンダ・レイクとヘレン・レイクは,ジョン・ミューアの二人の娘の名である。
峠を下ったところ,レ・コンテ渓谷に,ビショップ峠に通じるトレイルの分岐点がある。
我々は,いつもここでパッカーの食料補給を待つ。パッカーは,夕方食料を届け,近くにキャンプして翌朝帰る。
マーサー峠(3,682m)とピンショット峠(3,688m)へは,険しい道のりが続くが,峠からの壮大な眺めが疲れを吹き飛ばしてくれる。
峠から見下ろす大平原を思わせる場所でのキャンプは,眺めはいいが,風が強く,夜の冷え込みが厳しい。
多少距離を延ばしても森林地帯に入るようにしている。
アローヘッド・レイクやレイ・レイクス周辺のキャンプに適した場所には,ベア・ボックス(フードボックス)と呼ばれる鉄製の大きな保管庫が備えられている。
ハイカーの食料を熊から守るためのものである。この辺りのブラック・ベアは,臆病で人を襲うことはないが,一度人間の食べ物の味を知った熊は凶暴になる。
ベア・ボックスのない場所でキャンプする場合は,携帯用のフードキャニスターを持っていくことを義務付けられている。
グレン・パス(3,652m)を超えて降りたビデット・メドウは,蚊の多い場所だ。虫よけスプレーで追い払うが,食事時に蚊の大群に襲われるのが一番困る。
顔にスプレーはつけたくないし,食事中は顔にかぶるネットが使えないからだ。蚊はここだけでなく,トレイルの草原や森林地帯全般に多い。
フォレスター・パス(4,023m)は,トレイル最大の難関といわれるほど厳しい。3,500mを超える峠をいくつも越し,酸素の薄さに慣れたはずだが体が思うように動かない。
時々立ち止まって呼吸を整えながら登る。スルーハイカーにとってここがクライマックス,ここまで来たならば,全行程踏破は目前で成功を確信できる。峠を下れば,ホイットニーの雄姿を眺めることもできる。
ホイットニーは,見る角度により山の形が違う。フォレスター峠を越えた平原からの眺めは8分の1にカットされたショートケーキのようで,中心が高く周りが低く傾いたような形をしている。
東側の町,ローンパインからは,鋭く切り立った岩山のように見える。
ローンパインから 中央がホイットニー 左がローンパイン・ピーク
ホイットニー山頂よりも,手前にあるローンパイン・ピークが高く見え,「どれが,ホイットニー山?」とアメリカ人からも聞かれる。
ギターの形をしたギター・レイク周辺は,ホイットニー登頂を翌日に控えたバックパッカーたちの最終キャンプ地となる。
ここに早めに到着して十分な休養を取り,早朝の出発に備える。
ギター・レイクとホイットニー(4,418m)の標高差は約1,000m,4時間ほどで登頂できる。
山頂は大きな岩がごろごろしたところで,石造りの避難小屋がある。山頂に立つと,東のインヨー山脈,その下のオーエンス・バレー,ローンパインの町やハイウェイ395号線や車が見える。
数日間バックカントリーに浸ってきた者には,道路や車も懐かしく感じる。
● 規則と規制
ジョン・ミューア・トレイルをはじめ,周辺の山々に入る場合,パーミットと呼ばれる許可証を国立公園局や森林局からもらわなくてはならない。
たいていの場合はキャンプを要するハイキングに限られるが,ホィットニー山の場合は日帰りでもパーミットを必要とされる。
ホイットニー山の日帰りハイキング(往復16時間)は1日100人,キャンプは50人に規制されている。
入山時に,ゴミの持ち帰り,水の浄化,食料の保管の仕方,キャンプファイヤーの仕方,トレイルの歩き方など細かく指導を受ける。すべてのルールを自分と自分のパーティみんなに守らせることを誓ってサインすることで入山がOKになる。
これらのルールで日本人になじみの薄いのが食料の保管方法である。キャンプするときの食料は,ベアキャニスターというプラスチックの円筒型のケースに入れて保管する決まりがある。
熊などの野生動物を守るための手段で,人間の食料の味を覚えた熊は処分されなければならないからだ。
これらに違反した場合は罰金を科せられることがある。
ジョンミューア周辺地図