TRAIL GUIDE トレイルガイド
(1)シエラの魅力
①ロングトレイル
アメリカ西海岸カリフォルニア州のシエラネバダは、南北640㎞幅100㎞の山脈である。広大な山域は国立公園や国有林として保護されつつ、人々にレクリエーションの場を与えている。ハイキングは、代表的なレクリェーションで、いくつものトレイルがウィルダネスと呼ばれる自然保護区域と登山口を繋いでいる。メキシコ国境からカナダ国境までのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)は、全長4200㎞のうちの1200㎞はシエラを縦走している。アメリカ自然保護の父、ジョン・ミューアを記念して作られたジョン・ミューア・トレイル(JMT)は、ヨセミテのハッピィ・アイルからアメリカ本土最高峰のマウント・ホイットニー(4418m)まで、シエラのハイライトを歩く350㎞のトレイルだ。タホ湖の外輪山を周回する全長270㎞のタホ・リム・トレイル(TRT)は、トレイルから眺めるタホ湖の青さに魅了される。
②カリフォルニアの青い空と豊かな水
シエラを歩く時、ハイカーを歓迎してくれるのが、カリフォルニアの青い空と乾燥した気候だ。雨が少ない夏の安定した天候がキャンプを伴うハイキングを容易にしてくる。乾燥していても、キャンプ旅行に欠かせない水はどこでも手に入る。冬の間の降雪量が水源となり、数々の美しい湖は豊かに水を湛え、トレイルを横切るクリーク(小川)から絶え間なく水が流れる。
③自然保護の精神
国立公園の入口にはゲートがあり、入園料を払わなければならない。入山には、許可証が必要で、規則や入山枠がある。日本からのハイカーは、慣れない制度に戸惑うが、快適に自然を楽しむために当たり前のことであることがすぐに理解できる。アメリカの自然保護の精神は、ありのままの自然を損なうことなく後世に伝えることと、人々に教育や楽しみの場を提供するである。国立公園は、最も厳重に自然が保護される区域で、国有林はその次の地域だ。国立公園や国有林の中でも、一般の車道に沿ったキャンプ場や日帰りのハイキングには許可証は必要ないが、そこから少し奥まったところは全てウィルダネスと呼ばれる自然保護区域で、キャンプを伴うハイキング(ウィルダネス・トリップ)には許可証(パーミット)が必要となる。
(2)主なルール
①ベアキャニスター
ハイカーは、持ち込む食料をベアキャニスターに入れるなど、適切に保管しなければならない。適切な食料保管とは、人間の食料を熊などの野生動物に与えないためのもので、人間の食料の味を覚えた熊が人を襲ったり、そのために殺されてしまったりすることを防ぐためのものだ。
ベアキャニスターは直径約20cm,高さ約30cmの円筒形の筒で,大型のバックパックなら横に,中型でも縦にして入るサイズになっている。熊が壊せない強度と,口にくわえられない大きさになっている。ふたは,コインでロックを開け閉めするタイプとふたの一部を押してロックを開けるものがある。数日分の食料が入るようになっているが、個人によって量や種類が違うので、3日分から6日分と大きく変わる。
発売当初、重くて(約1kg)かさばるため人気がなかった。多くのハイカーは、木の枝などに吊り下げる方法(カウンターバランス=食料を二つのスタッフザックに入れ、バランスをとって木の枝に吊り下げる。ハイキングスティックや木の棒で押し上げ、を用いたが、木登りの得意な熊には効果がなかった。熊は人間の食料の味を覚え、食料を奪おうとハイカーのキャンプ地によく現れるようになった。人に慣れた熊は、人が近くにいてもぶら下がった食料を奪おうと近づいてくる。ハイカーは、熊がロープをゆすったことがわかるように鍋をいっしょに吊り下げてアラームの代わりにする。音がして飛び起きて、大きな音をたてたり石を投げたりして熊を追い払う。熊は一度で退散しない。その都度起きなければならず、うまく追い払えたとしても安心できずによく眠れない。食料を吊り下げる理想的な木の枝を見つけるのも大変で、高い枝目掛けて石を結んだロープを通すにはかなりの力と技術が必要だ。地上から低すぎたり幹に近すぎたりして効果がないことも多く、ロープがからまって回収できなくなる恐れもあった。
熊とのトラブルを防いだのがベアキャニスターで、これが義務化されてから熊と遭遇することは少なくなった。熊の方も人間に近づいても食料を取れないことがわかったのだ。
②浄水器の携行
水や溶かした雪は、ギアルデア除去に対応したろ過器で浄化しなければならない。ギアルデアは,アメリカに広く生息する微生物で、慢性下痢、腹痛、腹部膨満、疲労、体重の損失などの症状を引き起こす。これらの症状に陥ることを防ぐためである。5分以上沸騰させるか消毒薬で殺菌することもできるが、ポンプ式や落下式の携帯用浄水器が一般的だ。最近では、軽くて比較的安価なSAWYERを使っているハイカーが多い。浄水のこつは、なるべくきれいな水を選ぶことで、汚れた水だとすぐにフィルターがつまって効率が悪くなる。フィルターはバックウオッシュをすれば回復するが、長く使うためには、なるべく綺麗な水を選ぶことだ。大雨で川の水が濁ることがある。にわか雨が来そうなら、早めに水を確保しておくことを勧める。
③トレイルでは
トレイルがあるところでは、トレイルを歩く。草原を近道したり、スイッチバック(九十九折れ)をショートカット(横切る)してはいけない。ぬかるみを避けるために草地を踏むこともよくないことで、靴の汚れより植物の保護が優先される。大抵のトレイルは歩くか乗馬用で、自転車やモータ付きの乗り物は通れない。(タホ・リム・トレイルにはマウンテンバイクと共用する箇所がある)荷物を運ぶために連れていけるものは、ミュール(馬とロバの間の子)やラマ(アルパカ)などの家畜(Stock)である。犬はペットとされて家畜と区別されるので国立公園では同伴できないが、規制の緩い国立森林公園では犬を連れて歩ける。トレイルでは馬が優先で、通り過ぎるまで道を譲る。谷側より山側が安全で、埃を避けるためにも少し離れるとか、高い場所に身を置いた方がよい。
④キャンプサイトの選択
一定の条件に当てはまればどこでもキャンプができる。トレイルヘッドや道路から一定の距離を離れること、トレイルやクリーク湖から30m以上離れた場所であること。草地や植物などを損傷しない所である。それらに加えて落石やがけ崩れ、倒木、増水などの恐れがない場所だ。キャンプサイトとして何度も使われている所は周りと比べて踏み固められ、石などが置いてあるのでよくわかる。
湖やクリーク(小川)森、草原など様々な場所でキャンプができる。湖の傍は、風景を楽しめる。特に、夕方や朝の刻々と変化する湖の姿の美しさには魅了される。森の中は比較的標高が低く、強い風を防いでくれるので暖かい。枯れ枝を集めやすい森の中は、キャンプファイヤーを楽しむにもベストだ。静かすぎる環境に不安を感じるハイカーはクリークの近くが安心できる。川の流れが枯れ枝などが落ちる音をかき消し、余計な心配をすることなく眠れる。草原のキャンプは、周りより少し高く、草の生えていない場所にテントを張る。湿った土壌や水場の近くは蚊が多いことと、歩き回って草花を踏み荒らすことを避けるためである。
水の豊富なJMTでは、水場の心配をあまりしなくてよい。豊富な水場の近くであればが炊事や洗濯ができるが、PCTの他のセクションでは、水場の近くにテントを張れないことが多い。
⑤洗い物
食器や洗濯をするとき、環境にやさしいと言われるものも含めどのような洗剤も使ってはならない。油汚れも水だけで洗わなければならないので、ティシュペーパーが活躍する。ポケットティシュの「エルモア」は、水にぬれてもしっかりふき取り、紙のかすを食器に残さない。また、プラスチックの食器は,ぬめりがなかなかとれないが,チタンなど金属食器は汚れが落ちやすい。洗濯は,折りたたみのバケツかベアキャニスターに水を入れ,もみ洗いをする。水だけでもけっこうきれいになる。汚れた水は、水源から30m以上離れた場所に捨てる。人は川や湖に入ってタオルで体や髪の毛を洗うことができるが、石鹸やシャンプーは使えない。夕方湖に飛び込むハイカーをよく見かけるが、冷たいのが苦手な人は、昼間の暑い時を選んで髪の毛を洗い、キャンプに着いたら、汗が引く前に濡れタオルで体を拭くだけでもさわやかになる。
⑥排泄とごみ
持ち込んだものは全て持ち帰る「Pack In Pack Out」のが原則である。「とっていくのは写真だけ、残していくのは足跡だけ」という言葉もある。一般的なウィルダネスでは、人間の排泄物はトレイルや水源、キャンプサイトから30m以上離れた場所で、15センチ以上の穴を掘って行う。ホイットニーのエリアでは、ポータル側の2カ所のトイレを除き、排泄物も持ち帰らなければならない。ホイットニーエリアに行くハイカーは、トレイルヘッドや途中のジャンクション(分岐点)でポータブルパックを携行する。
⑦キャンプファイヤー
キャンプファイヤーが可能な場所は、概ね標高で決まる。ヨセミテでは標高9,600フィート以上(2,880m)は禁止されていて、セコイアやキングスキャニオンへ南下すると、10,000フィートから11,000フィートへ上がる。高地では土壌の栄養分が少なく、木々の再成長が非常に遅い。落ちた枝も貴重な栄養分となるため、それらを燃やしてしまえば、木々の成長がさらに遅くなるからだ。JMTでは、立て札に「これより上はキャンプファイヤー禁止」と書かれている。これらの標高以下の場所であっても、現存するファイヤーリング(石組み)がある場所でのみでキャンプファイヤーができ、新しいファイヤーリングを作ってはいけない。たまに、違法なキャンプファイヤーのサークルを見かける。キャンプファイヤー違反の罰金は1人250ドルと高いので要注意。
燃やす物は地面に落ちている枯れ木のみで、立木の枝を使ってはならない。火をつける時に、紙はよいがプラスチックは燃やしてはいけない。チョコレートの個包装は紙のように見えてアルミホイルが使われているので燃え残る。料理に使ったり燃え残ったアルミのかすは持ち帰らなけばならない。
レンジャーは小枝などを燃やす小さめのキャンプファイヤーを勧める。太い枝は燃え尽きるのに時間がかかり、水をかけても芯まで温度が下がらず、再び燃え出すこともある。ハイカーの火の不始末で大きな山火事になることがあるので、キャンプファイヤーを楽しんだ後は、多めの水で消火し、出発前には完全に消えたか(冷えたか)確かめることである。夏の後半になって山火事の危険性が極端に高くなると、上記の標高以下でも禁止されることがある。そのような情報はパーミットを取るときにレンジャーから伝えられるが、トレイルヘッドの掲示板にも記されているので注意して見ておきたい。
⑧ストーブと燃料
ヨセミテでは、標高9600フィート(2,880m)以上で、小枝を使ったストーブの使用をキャンプファイヤーの制限区域と同様の理由で禁止している。また、気候が極端に乾燥する夏は、あちこちで森林火災が起きる。火災の危険性が高まると、「火災制限=Fire Restrictions」が発令され、ガス、液体燃料、固形燃料を使ったポータブルストーブのみ使用が許可され、枝や炭を燃料にすることや喫煙が制限される。
ストーブを使う場合は、草やテントに燃え移らないように注意する。特に液体アルコールは転倒による火災のおそれがあるため、使用中は目を離さないことと、もし転倒した時は、ただちに濡れタオルで覆って消化できるように準備しておく。