TRAIL GUIDE トレイルガイド
アメリカ西海岸カリフォルニア州のシエラネバダは、南北640㎞幅100㎞の山脈である。広大な山域は国立公園や国有林として保護されつつ、人々にレクリエーションの場を与えている。ハイキングは、代表的なレクリェーションで、いくつものトレイルがウィルダネスと呼ばれる自然保護区域と登山口を繋いでいる。メキシコ国境からカナダ国境までのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)は、全長4200㎞のうちの1200㎞はシエラを縦走している。アメリカ自然保護の父、ジョン・ミューアを記念して作られたジョン・ミューア・トレイル(JMT)は、ヨセミテのハッピィ・アイルからアメリカ本土最高峰のマウント・ホイットニー(4418m)まで、シエラのハイライトを歩く350㎞のトレイルだ。タホ湖の外輪山を周回する全長270㎞のタホ・リム・トレイル(TRT)は、トレイルから眺めるタホ湖の青さに魅了される。
シエラを歩く時、ハイカーを歓迎してくれるのが、カリフォルニアの青い空と乾燥した気候だ。雨が少ない夏の安定した天候がキャンプを伴うハイキングを容易にしてくる。乾燥していても、キャンプ旅行に欠かせない水はどこでも手に入る。冬の間の降雪量が水源となり、数々の美しい湖は豊かに水を湛え、トレイルを横切るクリーク(小川)から絶え間なく水が流れる。
国立公園の入口にはゲートがあり、入園料を払わなければならない。入山には、許可証が必要で、規則や入山枠がある。日本からのハイカーは、慣れない制度に戸惑うが、快適に自然を楽しむために当たり前のことであることがすぐに理解できる。アメリカの自然保護の精神は、ありのままの自然を損なうことなく後世に伝えることと、人々に教育や楽しみの場を提供するである。国立公園は、最も厳重に自然が保護される区域で、国有林はその次の地域だ。国立公園や国有林の中でも、一般の車道に沿ったキャンプ場や日帰りのハイキングには許可証は必要ないが、そこから少し奥まったところは全てウィルダネスと呼ばれる自然保護区域で、キャンプを伴うハイキング(ウィルダネス・トリップ)には許可証(パーミット)が必要となる。
(1) パーミット Wilderness Use Permit と入山枠 Quota
国立公園や国有林のウィルダネス(奥地=ヨセミテ国立公園では,ヨセミテ・バレーや道路に沿った部分を除く95%はウィルダネスに指定されている)でキャンプを伴うハイキングをする場合,パーミット(Wilderness Use Permit=許可証)をとらなければならない。ウィルダネスの外のオートキャンプ場の利用や日帰りのハイキングでは、パーミットは不要だ。ただし、ホイットニーやハーフ・ドームなどでは日帰りでもパーミットが必要となる。パーミットは、地域やトレイルごとに取得先が違う。
①ヨセミテおよびヨセミテ発のJMT
ヨセミテ出発のジョン・ミューア・トレイルを含むヨセミテ内のトレイルは、ヨセミテ内の6つのパーミットステーションで発行される。シーズン中のヨセミテ内のトレイルは、登山口ごとに入山枠がある。そのための予約は、ナショナル・パーク・サービスのウェブサイトのヨセミテからPlan Your Visit⇒Things To Do⇒Back Packing ⇒Wildernes Permits or John Muir & Pacific Crest Trailsに進むと予約方法や入山枠がチェックできる。予約の料金は、1パーミットにつき10ドルと、パーティの人数×10ドルを加えた額だ。各トレイルヘッドの入山枠の6割が予約でき、残りは出発日の前日の午前11時からパーミットステーションで発行される。予約ができると予約確認証が発行されるので、それはパーミットではない。出発の前にパーミットステーションに行き、ルールなどの説明を受け、それを守るとサインをして発行される。最近、ハッピィアイルをはじめ、ヨセミテ発のJMTのパーミット取得はかなり難しいため、北のエミグラント・ウィルダネスのソノラ・パスを出発し、ツオルムンメドウスでJMTに合流するルールとか、南のホースシューメドウからのノース・バウンドを選択するハイカーもいる
②PCT
パシフィック・クレスト・トレイルのパーミットは、Pacific Crest Trail Association(PCTA)のウェブサイトで発行される。例年2月の初めであったが2019年のシーズンは12月から受付が始まった。メールで送ってきたものがパーミットとなるので、プリントして携帯する。メキシコ国境からカナダ国境までの4200キロのトレイルを歩くのに有効で、途中通過する様々な国立公園やウィルダネスのパーミットを個別に取る必要がない。また、クラブツリーのジャンクションからマウント・ホイットーまで日帰りで往復(18マイル)できる。但し、ホイットニーポータル(ホイットニーの東側の登山口)には行けないし、ハーフドームを登ることはできない。PCT経由でカナダに入国する場合は、Canada PCT Entry Permit が必要になるので、これもPCTAで申し込む。PCTのカナダ国境のゲートはないが、カナダ滞在中は必ず携帯することとされている。
③TRT
タホ・リム・トレイルは、デソリューション・ウィルダネスでのキャンプのみパーミットが必要である。それ以外の地域やトレイル全体を歩く場合のパーミットはなかった。デソリューション・ウィルダネスのパーミットは、サウス・レイク・タホのビジターセンターなどで発行される。予約は、Recreation.govのウエブサイトにアクセスし、地図をクリックするかDesoluation Wilderness Permit を検索する。このサイトでは、ハーフドームの登頂 “Cables On Half Dome” やホイットニーのパーミットの抽選に参加できる。
④エミグラント・ウィルダネス
ヨセミテの北に接するエミグラント・ウィルダネスには、入山枠がなく予約は不要で、Summit (シーズン中は毎日オープン)やMi-Wok(平日のみオープン)の管轄のレンジャーステーションで発行される。
⑤ジョシュア・ツリー国立公園
カリフォルニア南部の砂漠の国立公園ジョシュア・ツリーでは、パーミット取得の予約も入山枠もなく、ビジターセンターで発行される。カリフォルニア・ライディング&ハイキング・トレイルのトレイルヘッドには、セルフ・イシュード(Self Issued Permit=自分で発行)で、登山口にあるカードに必要事項を記入し、切り取った半分をポストに入れ、半券をパーミットとして持参することもできる。
〇パーミット取得については、年々厳しくなる状況にあり、上記の情報は来シーズンには変更される可能性がある。こまめにウェブサイトチェックし、最新の情報を得てほしい。
(2)主なルール
①ベアキャニスター
ハイカーは、持ち込む食料をベアキャニスターに入れるなど、適切に保管しなければならない。適切な食料保管とは、人間の食料を熊などの野生動物に与えないためのもので、人間の食料の味を覚えた熊が人を襲ったり、そのために殺されてしまったりすることを防ぐためのものだ。
ベアキャニスターは直径約20cm,高さ約30cmの円筒形の筒で,大型のバックパックなら横に,中型でも縦にして入るサイズになっている。熊が壊せない強度と,口にくわえられない大きさになっている。ふたは,コインでロックを開け閉めするタイプとふたの一部を押してロックを開けるものがある。数日分の食料が入るようになっているが、個人によって量や種類が違うので、3日分から6日分と大きく変わる。
発売当初、重くて(約1kg)かさばるため人気がなかった。多くのハイカーは、木の枝などに吊り下げる方法(カウンターバランス=食料を二つのスタッフザックに入れ、バランスをとって木の枝に吊り下げる。ハイキングスティックや木の棒で押し上げ、を用いたが、木登りの得意な熊には効果がなかった。熊は人間の食料の味を覚え、食料を奪おうとハイカーのキャンプ地によく現れるようになった。人に慣れた熊は、人が近くにいてもぶら下がった食料を奪おうと近づいてくる。ハイカーは、熊がロープをゆすったことがわかるように鍋をいっしょに吊り下げてアラームの代わりにする。音がして飛び起きて、大きな音をたてたり石を投げたりして熊を追い払う。熊は一度で退散しない。その都度起きなければならず、うまく追い払えたとしても安心できずによく眠れない。食料を吊り下げる理想的な木の枝を見つけるのも大変で、高い枝目掛けて石を結んだロープを通すにはかなりの力と技術が必要だ。地上から低すぎたり幹に近すぎたりして効果がないことも多く、ロープがからまって回収できなくなる恐れもあった。
熊とのトラブルを防いだのがベアキャニスターで、これが義務化されてから熊と遭遇することは少なくなった。熊の方も人間に近づいても食料を取れないことがわかったのだ。

②浄水器の携行
水や溶かした雪は、ギアルデア除去に対応したろ過器で浄化しなければならない。ギアルデアは,アメリカに広く生息する微生物で、慢性下痢、腹痛、腹部膨満、疲労、体重の損失などの症状を引き起こす。これらの症状に陥ることを防ぐためである。5分以上沸騰させるか消毒薬で殺菌することもできるが、ポンプ式や落下式の携帯用浄水器が一般的だ。最近では、軽くて比較的安価なSAWYERを使っているハイカーが多い。浄水のこつは、なるべくきれいな水を選ぶことで、汚れた水だとすぐにフィルターがつまって効率が悪くなる。フィルターはバックウオッシュをすれば回復するが、長く使うためには、なるべく綺麗な水を選ぶことだ。大雨で川の水が濁ることがある。にわか雨が来そうなら、早めに水を確保しておくことを勧める。
③トレイルでは
トレイルがあるところでは、トレイルを歩く。草原を近道したり、スイッチバック(九十九折れ)をショートカット(横切る)してはいけない。ぬかるみを避けるために草地を踏むこともよくないことで、靴の汚れより植物の保護が優先される。大抵のトレイルは歩くか乗馬用で、自転車やモータ付きの乗り物は通れない。(タホ・リム・トレイルにはマウンテンバイクと共用する箇所がある)荷物を運ぶために連れていけるものは、ミュール(馬とロバの間の子)やラマ(アルパカ)などの家畜(Stock)である。犬はペットとされて家畜と区別されるので国立公園では同伴できないが、規制の緩い国立森林公園では犬を連れて歩ける。トレイルでは馬が優先で、通り過ぎるまで道を譲る。谷側より山側が安全で、埃を避けるためにも少し離れるとか、高い場所に身を置いた方がよい。
④キャンプサイトの選択
一定の条件に当てはまればどこでもキャンプができる。トレイルヘッドや道路から一定の距離を離れること、トレイルやクリーク湖から30m以上離れた場所であること。草地や植物などを損傷しない所である。それらに加えて落石やがけ崩れ、倒木、増水などの恐れがない場所だ。キャンプサイトとして何度も使われている所は周りと比べて踏み固められ、石などが置いてあるのでよくわかる。
湖やクリーク(小川)森、草原など様々な場所でキャンプができる。湖の傍は、風景を楽しめる。特に、夕方や朝の刻々と変化する湖の姿の美しさには魅了される。森の中は比較的標高が低く、強い風を防いでくれるので暖かい。枯れ枝を集めやすい森の中は、キャンプファイヤーを楽しむにもベストだ。静かすぎる環境に不安を感じるハイカーはクリークの近くが安心できる。川の流れが枯れ枝などが落ちる音をかき消し、余計な心配をすることなく眠れる。草原のキャンプは、周りより少し高く、草の生えていない場所にテントを張る。湿った土壌や水場の近くは蚊が多いことと、歩き回って草花を踏み荒らすことを避けるためである。
水の豊富なJMTでは、水場の心配をあまりしなくてよい。豊富な水場の近くであればが炊事や洗濯ができるが、PCTの他のセクションでは、水場の近くにテントを張れないことが多い。
⑤洗い物
食器や洗濯をするとき、環境にやさしいと言われるものも含めどのような洗剤も使ってはならない。油汚れも水だけで洗わなければならないので、ティシュペーパーが活躍する。ポケットティシュの「エルモア」は、水にぬれてもしっかりふき取り、紙のかすを食器に残さない。また、プラスチックの食器は,ぬめりがなかなかとれないが,チタンなど金属食器は汚れが落ちやすい。洗濯は,折りたたみのバケツかベアキャニスターに水を入れ,もみ洗いをする。水だけでもけっこうきれいになる。汚れた水は、水源から30m以上離れた場所に捨てる。人は川や湖に入ってタオルで体や髪の毛を洗うことができるが、石鹸やシャンプーは使えない。夕方湖に飛び込むハイカーをよく見かけるが、冷たいのが苦手な人は、昼間の暑い時を選んで髪の毛を洗い、キャンプに着いたら、汗が引く前に濡れタオルで体を拭くだけでもさわやかになる。
⑥排泄とごみ
持ち込んだものは全て持ち帰る「Pack In Pack Out」のが原則である。「とっていくのは写真だけ、残していくのは足跡だけ」という言葉もある。一般的なウィルダネスでは、人間の排泄物はトレイルや水源、キャンプサイトから30m以上離れた場所で、15センチ以上の穴を掘って行う。ホイットニーのエリアでは、ポータル側の2カ所のトイレを除き、排泄物も持ち帰らなければならない。ホイットニーエリアに行くハイカーは、トレイルヘッドや途中のジャンクション(分岐点)でポータブル容器を携行する。
ごみとして残ったものは、食品ごみはベアキャニスターで保管し、残りは他の袋に入れて持ち帰る。釣った魚を食べた後の骨や皮は、もとの湖や川に戻す。持ち込んだ物でないので持ち帰る必要はなく、埋めれば他の動物が掘り返して食べ、人間が使った調味料の味を覚えることになる。
⑦キャンプファイヤー
キャンプファイヤーが可能な場所は、概ね標高で決まる。ヨセミテでは標高9,600フィート以上(2,880m)は禁止されていて、セコイアやキングスキャニオンへ南下すると、10,000フィートから11,000フィートへ上がる。高地では土壌の栄養分が少なく、木々の再成長が非常に遅い。落ちた枝も貴重な栄養分となるため、それらを燃やしてしまえば、木々の成長がさらに遅くなるからだ。JMTでは、立て札に「これより上はキャンプファイヤー禁止」と書かれている。これらの標高以下の場所であっても、現存するファイヤーリング(石組み)がある場所でのみでキャンプファイヤーができ、新しいファイヤーリングを作ってはいけない。たまに、違法なキャンプファイヤーのサークルを見かける。キャンプファイヤー違反の罰金は1人250ドルと高いので要注意。
燃やす物は地面に落ちている枯れ木のみで、立木の枝を使ってはならない。火をつける時に、紙はよいがプラスチックは燃やしてはいけない。チョコレートの個包装は紙のように見えてアルミホイルが使われているので燃え残る。料理に使ったり燃え残ったアルミのかすは持ち帰らなけばならない。
レンジャーは小枝などを燃やす小さめのキャンプファイヤーを勧める。太い枝は燃え尽きるのに時間がかかり、水をかけても芯まで温度が下がらず、再び燃え出すこともある。ハイカーの火の不始末で大きな山火事になることがあるので、キャンプファイヤーを楽しんだ後は、多めの水で消火し、出発前には完全に消えたか(冷えたか)確かめることである。夏の後半になって山火事の危険性が極端に高くなると、上記の標高以下でも禁止されることがある。そのような情報はパーミットを取るときにレンジャーから伝えられるが、トレイルヘッドの掲示板にも記されているので注意して見ておきたい。
⑧ストーブと燃料
ヨセミテでは、標高9600フィート(2,880m)以上で、小枝を使ったストーブの使用をキャンプファイヤーの制限区域と同様の理由で禁止している。また、気候が極端に乾燥する夏は、あちこちで森林火災が起きる。火災の危険性が高まると、「火災制限=Fire Restrictions」が発令され、ガス、液体燃料、固形燃料を使ったポータブルストーブのみ使用が許可され、枝や炭を燃料にすることや喫煙が制限される。
ストーブを使う場合は、草やテントに燃え移らないように注意してほしい。特に液体アルコールは転倒による火災のおそれがあるため、使用中は目を離さないことと、もし転倒した時は、ただちに濡れタオルで覆って消火できるように準備しておく。
(3) ヨセミテの熊
「熊が出るところには行きたくない」と思う。日本では人が襲われるケースもあり,通常のハイキングでもクマよけの鈴をつける人もいる。ヨセミテやシエラ・ネバダに生息するブラックベアは,性格がおとなしく人を襲うようなことはない。が,熊は人間の食べ物に興味を示し,放置した食料やごみを食べることはよくあった。
私が最初にヨセミテを訪れた1974年,熊はキャンプ場に毎晩のように現れ,ごみ箱をあさっていた。ごみ箱は大きな鉄製で,上に向かって開くふたがついていた。熊は重い鉄のふたを開けて,中に入ることができた。私も,テントを少し留守にした時,ポールにかけた袋を破られ,中のパンを食べられてしまった。当時は,フードロッカーもなく食料は車の中に置くか,木の枝に吊るすしかなかった。
おくびょうな熊にとって,人間のいる場所に姿を現すことはとても勇気がいることだ。それ以上に人間の食料は魅力的で,簡単に手に入ることを学習すると,次第にちょっとしたすきを狙って人間の食料を奪うようになる。テーブルの上の食べ残し,ジュースや缶詰,そして,クーラーボックスを壊して中の食料を食べる。そのうち,車まで壊すようになった。食料があることがわかると窓ガラスを割って中に入る。後部のトランクにしまっても,匂いでわかる。後部座席をむしり,シートのワイアを曲げてトランクの食料を奪う。ヨセミテで最も被害の多かった98年には年間1300台の車が被害にあった。
人間の食料の味を覚えた熊は,自然界のものよりはるかに魅力的な食べ物をあてにするようになる。そんな熊が増えることは「自然をありのままの姿で残す」国立公園においては許されないことであり,人間にとっても危険である。そのため,いろいろな方策が実行された。
以前のごみ箱は,高さ1m50cmくらいの鉄製の大きな箱であった。が,熊は上部についていた重い鉄のふたを開けることができるようになった。ごみ箱をより大きく丈夫にするとともに,扉にカラビナをつけたり,取手にカバーをつけて隙間に手をつっこまないと開かないようにしたりした。キャンプサイトや駐車場,トレイルヘッド(登山道の入り口)に鉄製のフードロッカーを備え付け,バックパッキング中の余分な食料を置けるようにした。また,公園のゲートでパンフレットを配り,駐車中の車内に食料やごみを残さないこと,キャンプ場ではフードロッカーを利用することなど,正しい食料の保管を呼びかけた。公園内のホテルやロッジでも,夜間は駐車中の車の中に食べ物や匂いのする物を置かないように指導した。
かしこい熊は,無駄な努力をしない。車内に食べ物がなければ車を壊さないし,開けられないとわかればフードロッカーやごみ箱に近づかない。かつてのように,キャンプ場に毎晩のように熊が現れることはなくなった。私も,何度もシエラ・ネバダを訪れているが,公園の規則に従って,食料の保管や熊に遭遇した時の対処を行うようになってからは,熊に食料を奪われるような問題は一度もない。
「熊は敬意を払うに値する」というステッカーがあった。人は自然界で食料を得ている野生動物の営みを尊重し,熊に人間の食べ物の味を覚えさせてはいけないということだ。「熊が来る」から,きれいに食べる。わずかな食べ残しも捨てない。食器をきれいに洗い食料もごみも片づける。と,熊のおかげでだれもがキャンプサイトをきれいにする。熊はパークレンジャーの役目を果たしている。
絶対にしてはいけないのは,キャニスターをロープなどでしばりつけること。ロープは熊に簡単に切られるし,ロープをくわえて運んで行ってしまう。熊のいたずらを知らせるために,キャニスターの上に鍋や石を置いたり,音が出やすい茂みの中に置いたりするとよい。また,キャニスターの内側にビニール袋をつけ,ワイヤータイでしっかりと閉じれば,匂いが弱まる効果(匂いを嗅ぎつける範囲を狭める)が期待できる。
ベアキャニスターの利用が徹底すると,熊も人間の食べ物を狙っても無駄だとわかるようになった。以前はトレイルで「熊の出没」がよく話題になったが,最近ではそんな話は聞かないし,私自身2002年を最後にヨセミテで熊を見ていない。
(4) 熊に遭遇したら
ヨセミテのあるキャンプ場でキャンプファイヤーの集いがあり,レンジャーが「熊に出会ったらどうするか」と尋ねた。即座に小さな子が立ち上がり「大きく見せる」と答えた。正解だ。野生動物からすれば「小さい=弱い」と見る。子供の場合は,大きく見せることが大切で,大人が近くにいれば抱きかかえる。また,大きな声を出す,笛を吹くなど音を出す。石を投げて脅かす・・・。などの方法が効果的である。以下に私たちが熊と遭遇した時の経験をいくつか述べる。
ヘッチへッチィの付近は,標高が低くヨセミテで最も熊が多く生息するところだ。熊を見たければヘッチヘッチィ行きを勧める。
そこのランチェリア・クリークでキャンプした。私たちが最も下流で他に100mほど間隔をとって2つのパーティがキャンプしていた。私たちが夕食後の散歩を楽しんでいた時,100m以上先に熊を見つけた。熊は川から一番上流のパーティの方に向かって進んでいる。そのパーティの二人は大きなキャンプファイヤーをしていたが,その時は,キャンプファイヤーに背を向け,バックパックの整理をしていた。熊の接近に気付かない。私たちは,叫んだが,滝の音にかき消されて聞こえない。熊は,キャンプファイヤーのすぐわきを悠然と歩いて行った。「火が怖くないのか?」と,思った。もう一つのパーティの連中も一緒になって声を出した。おどろいた熊は山の中に逃げ込んだ。一番上流の二人に「熊がすぐそばを通ったよ。」と教えたが,彼らは,全く気付かなかったようだ。
私たちは,一度山に入った熊が自分たちのキャンプに来るのではと,急いで引き返した。そして,すぐにたき火を始めた。やっぱり熊は山から現れ,遠巻きに私たちのキャンプの周りを歩きはじめた。私たちの姿やキャンプファイヤーの炎は熊にもよく見えるはずだが,気にしないようなそぶりでゆっくり接近して来た。熊は私たちのキャンプより下流で何かを探しているようだ。
「山に追い払おう」とタイミングを見計らって一斉に笛を吹き,石を投げた。熊は急いで山の中に逃げ込んだ。野生動物は火を恐れると聞いていた私は,熊は火を恐れないことを知った。熊は火を怖がるどころか,そのそばを悠然と歩いたのだ。そういえば,ヨセミテの新聞やパンフレットの「熊が接近してきたら」の欄に火のことは何も書いてない。
次に熊に会ったのは,同じくヘッチヘッチィのローレル湖でテントサイトを探していた時だ。1組のカップルがトレイルで凍っていた。視線の先に熊がいた。私は,急いで笛を吹いて熊を追い払って,「もう大丈夫」と言った。彼らは「はじめて熊に会った」と,どうしてよいかわからなかったらしい。
その翌日,もっとしぶとい熊に会った。早朝,わずかな気配に気付いてテントの外を見ると,熊が歩いている。テントの屋根にぶら下げてある笛を吹く。入り口に置いてある石をつかみ,熊に向かって投げる。熊は急いで退散する。が,それ以上逃げない。その熊は,私が投げる石の射程距離の外側から動かない。近づいて熊を狙うが,逃げてまた,近づいてくる。「頭のいい熊だ。」これでは食事の支度ができない。仕方なく朝食抜きでその場を離れ,30分ほど歩いた安全は場所で朝食をとった。
2002年,一家3人でJMTの全行程を歩いた初日,ハッピイアイルから10マイル先の小さなクリークのそばでキャンプをした。夕食後,キャンプファイヤーを囲んでいた時,熊が現れた。その頃には3人で役割分担ができていた。娘が笛を吹く。私が石を投げる。妻は,他の熊がいないか,周りを見張る,である。1頭を谷側に追いやった後,「こっちからも来た」と妻が叫ぶ,親子連れのようだ。更に石を投げ,笛を吹く。一度に3頭現れたのはこれが初めてだった。が,それ以降ヨセミテでは熊に遭遇しない。たぶん,食料の適切な保管やキャニスターの携行が徹底され,熊は人間の食料に手を出せなくなった。熊はキャニスターの中の食料は奪えないことを学習した。そうなれば,危険を冒してまで人間に近づくことはないこということも。
ヨセミテ以外での遭遇は,2007年。一人でタホ湖一周のタホ・リム・トレイルを歩いた時だ。タホ周辺の小さな湖,ワトソン湖の森でキャンプしていた。夜中,地面に落ちている小枝を踏みつける音がした。「熊に違いない」と,ヘッドランプと笛を用意し静かに靴を履いた。熊のいる方向をヘッドランプで照らした。大きな黒熊の目が光った。ファイヤーサークルの向こう,わずか十数m先だ。笛を吹く。熊は山に向かって逃げる。逃げる熊に石を投げながら追いかける。熊は,ヘッドランプの明かりが届かない範囲に去った。深追いしないのが原則,別の熊がいるかも知れない。ファイヤーサークルのキャニスターは無事。いたずらもされていない。ヘッドランプの明かりを頼りに再び石を集める。熊は必ず戻ってくるからだ。集めた石をテントの入り口に置いた時,再び熊が現れた。こちらをうかがっている。また,石を投げる。何発目かが,熊の近くの枯れて倒れた木の幹に当たり「コーン」と大きな音が響いた。その音に熊は驚いたのか,今までにない大きな動作で後ろ向きになり,大慌てで走り去った。時計を見ると午前2時。しばらく様子を見たが,熊は戻ってこないようなので寝る。熊を追い払ってすっきりしたかのように,5時の起床までぐっすり眠った。初めて熊に会ったときは,興奮してなかなか寝付けなかったが,もう慣れてしまったのだろう。
朝,キャニスターをみると斜めになっている。水気をとるために乾かしていたドリップ・コーヒーの粉が倒れて石の上に粉が散らばっていた。キャニスターは無事だし,コーヒーの粉を食べた様子もなかった。熊はその後も現れてキャニスターを倒し,コーヒーの粉を散らかしたのだろう。
熊を追い払うには,たき火の効果はなく,大きな音を出したり石を投げたりするなどして脅かすこと。熊は,何度追い払っても,食料を奪うか,奪えないと理解するまで戻ってくる。キャンプサイトで食料を守るには,キャニスターを使うのが最もよい方法である。
(5) リサプライRESUPPLY(補給)
ジョン・ミューア・トレイルの総延長は211マイル=約350㎞と長い。私たちは全行程踏破を2回行った。1回目は17日。2回目は16日であった。20日あればのんびりできると思ったが。11日で歩いた人や,6日で歩くという夫婦にもあった。加藤則芳氏が著書「ジョン・ミューア・トレイルを行く」を書いた時はNHKの取材を兼ねていたので30日を費やした。(そのためか,途中で会った日本人の学生はわりとのんびり歩いていた)
いずれにせよ,全行程分の食料を持っていくことは大変だ。途中で何度か補給することをリサプライRESUPPLYと呼んでいる。リサプライには食料だけでなく,燃料やティシュ・ペーパー,電池なども補給する。私たちは,ハッピィアイルを出発する時1泊分の食料を持った。ハッピィアイルからサンライズへは,標高が低くて気温が高くJMTでも最も傾斜がきつい登りが12マイル続く。荷物は軽いほうがよい。
最初の食料補給点は,ツォルミ・メドウスのウィルダネスセンターの駐車場にあるフードロッカー。レンタカーで回りあらかじめ入れておく。車がない場合は,夏の間だけの臨時の郵便局があり,日本から局留めで送ったこともある。ここで4泊分の食料を補給する。
次は,レッズ・メドウスReds Meadowsの食料品店。ここは,1個につき1ドルで預かってくれる。レッズ・メドウスはスキーリゾートのマンモス・レイクスMammothLakesの奥,デビルズ・ポストパイル国定公園Devils Postpile National Monumentにある。車で行く場合,マンモスから先に国定公園の料金所があり,午前7時に料金所が開くと同時に自家用車通行禁止になる。それ以前に通過し,8時に店が開くのを待つ。帰りは,入園料15ドルを料金所で払う。車がない場合,ヨセミテ・バレーからマンモス・レイクスへはバスで行ける。マンモス・レイクスからシャトルバスに乗り換えてレッズ・メドウスに行く。ここに4泊から5泊分の食料を預ける。
最後の補給地点は,レコンテ・キャニオン。ここへのリサプライは,ビショップBishopの近くのサウス・レイクのパッカー(パックトレインともいう。馬とラバによるツアーと配送業者)に配達を頼む。サウス・レイクへはバスはなく,車で行くしかない。レインボー・パックトレインというこの業者は,6時間かけてビショップ・パスを超えてレコンテ・キャニオンに来る。私たちに荷物を渡し,そこでキャンプをして次の日帰る。ごみを持ち帰ってくることや手紙などの投函も頼める。料金は約500ドルであった。高いがレッズ・メドウスからホイットニーまでの中間地点に当たるので,ここに3度依頼した。
シエラ・ネバダには伝統的なパックトレインがいくつも存在し,山の中でよく会う。彼らの仕事は,日帰りや数泊の乗馬のツアーで,前後にインストラクターが付き添い,乗馬を教えてくれる。泊りがけのツアーは,テントの設営から料理までパッカーがやってくれる。また,デイバックだけで歩き,あとの荷物を運んでもらうこともできる。また,ホース・キャンプという臨時のキャンプ村を設け,客を馬で運んで数泊のキャンプをさせるものもある。
レコンテ・キャニオンから1日かけてサウス・レイクまで歩き,ビショップまでヒッチハイクで往復して食料を調達したという話を聞いたことがある。日程に余裕があれば,工夫次第で節約できる。
ほかの補給地点として一般的なのは,ミューア・トレイル・ランチで,我々の足でレコンテ・キャニオンより2日前,レッズ・メドウスから3日目の行程にある。トレイルより少しそれたところにあるランプのロッジで,交通は馬か歩くしかない。そこは,バックパッカーのリサプライを1個につき40ドルで預かってくれる。車道からランチまで1週間に1便しかラバが往復しないため,余裕をもって送っておかないといけない。
食料計画で注意することは,アメリカへの入国時に肉製品は持ち込み禁止だということ。現地で調達することになるが,REIで事前に注文し店で受け取ることにしている。山用品の店は,ヨセミテ・バレーに2つ,ツォルミ・メドウスにも1つあり,ガスカートリッジやフリーズドライ製品をはじめ一般の山岳用具を購入できる。
(6) 交通
車社会のアメリカでは,車で移動することが一般的で,車がないとどこに行くにも不便だ。そのため,私たちは,ロサンゼルス空港からレンタカーで移動する。駐車中の料金を節約するには,マーセドMercedで車を返し,バスでバレーに向かう。大手のレンタカー会社は21歳以上でないとレンタルできない決まりがある。若い方には,アムトラックAMTRAKを勧める。鉄道と連絡するバスがサンフランシスコとロサンゼルスからヨセミテをつないでいる。
夏の間,ヨセミテ・バレーからグレーシャー・ポイントやツオルミ・メドウス,そして,マンモス・レイクスなどへ,定期バスが運行している。これらを利用すれば,ヨセミテ・バレーに車を置いて,ツオルミ・メドウスから歩いて戻るバックパッキングができる。
ジョン・ミューア・トレイルを全行程歩いてホイットニー・ポータルに降りた場合は,帰りの交通は不便だ。
以前はグレイハウンドやコンチネンタル・トレイルウェイのバスがアメリカ大陸を縦横に走っていた。ホイットニーのふもとの町ローン・パインへもロサンゼルス~リノReno間の定期便があったが,今はない。現在は,ローン・パインからESTA(EasternSierra Transit Authority)の小型バスが395号線に沿って走っている。そのバスで,マンモス・レイクまで行き,マンモスからヨセミテ・バレーへの往復バスYARTS(YosemiteArea Regional Transportation System)で戻る。
ESTAのバスは月~金の週5日,ローン・パインを6:15 AMに出て,マンモス・レイクスのマクドナルドに8:20AM着。マクドナルドの隣のShilo Innから8:30 AM発のYARTSのバスに乗ると,ヨセミテ・バレーのビジター・センターへは12:05PMに到着する。YARTSは7月と8月は毎日,6月と9月は週末のみ運行されている。ESTAは,8:30AMと5:00 PMの便もあるので,前日マンモス・レイクに着いて,森林局のキャンプ場に泊まるか,マンモスRVパークに泊まって翌朝YARTSに乗る。ただし,8:30AMの便はビショップ発が1:00 PMで,4時間半待つことになる。
土日のローン・パイン,マンモス・レイクス間の公共交通手段はない。また,ホイットニー・ポータルからローン・パインまでの12マイルは,歩くか誰かに乗せてもらうしかない。
ジョン・ミューア・トレイルの長い道のりを歩いていると,何度も出会うハイカーと自然に友達になる。私たちは,レッズ・メドウスからほぼ同じ行程で歩いていた3人のグループに,ポータルからシャトル(バス)を頼んであるから乗ってかないかと勧められたし,ある日本の学生は途中で知り合ったハイカーにロスアンゼルスまで乗せてもらったと言っていた。
大変だと思った例は,アメリカ東部から来たカップルで,ジョン・ミューア・トレイルをホイットニー・ポータルまで歩いた後,再びホイットニー山を越え,反対側のバイセイリアへ行き,そこからバスと鉄道と飛行機で戻るという。また,ホイットニーからヨセミテを目指して歩いていた夫婦は,奥さんをホイットニー・ポータルで下した後,ご主人がヨセミテに車を置きに行き,そこからヒッチハイクでもどったという。それぞれいろいろな方法で交通手段を確保している。
(7) 装備
ヨセミテは標高1200m。軽井沢か上高地あたりと同じような気候だ。3500mを超える地点や谷間では日の出前は氷点下に冷え込む。テントの中はそれより3~4度暖かいが,それなりの寝袋や防寒具は必要だ。
日本人にとって一番慣れないのは,先に述べたベア・レジスタント・フードキャニスターだ。フードキャニスターは国立公園局によって承認された物を使う。REIで売られているものはその中に入る。買うなら透明のBEARVAULT BV500で,他のものに比べて軽く,容量が大きい。現地でレンタルが可能なものは,黒いGARCIAで,一週間5ドルだが,保証金95ドルが必要だ。
次は,水の浄化。ポンプ式のろ過フィルターをよく使ったが,重くてかさばって,フィルターがつまったり故障したりする。第一労力がたいへんだった。今では,バンダナやコーヒーのフィルターのようなもので小さなごみを取り除き,塩素系の殺菌剤(ピュア)で消毒する。軽くて便利なので10年くらいこの方法を使っている。この方法は,シエラ・ネバダでは,どこでも澄み切ったきれいな水が手に入いるということを前提にしている。単にジアルジア((1)の⑥参照)を防ぐものだ。大雨が降り,川にどろ水が流れ込んだ場合,ポンプ式のろ過器でないと水をきれいにできない。殺菌剤しかない場合,大雨が降り始めたら川が濁る前に水を確保しておくこと,たいてい翌日には川の水はきれいになる。
防虫ネットと虫除け剤も必需品だ。シエラ・ネバダの春(7月から8月上旬)では,ほとんどの場所で朝夕蚊の大群に襲われる。昼間でも草原できれいな花を撮るため立ち止まると,たちどころに数十匹の蚊に囲まれる。朝は日が昇った直後の7時から8時,夕方は日没直後の8時から9時が最もひどい。それ以外の時間は草原などを除いてひどくない。食事の時間は朝夕ともそれ以前に済ますようにして,夕方キャンプファイヤーができるなら煙で追い払うことができる。虫除け剤はいろいろなものが売られている。天然素材のものは肌にやさしいが,効き目が長く続かない。強力なものは肌に直接つけないで衣服につけるようにするとよい。防虫剤が塗られたハイキングウェアもある。防虫ネットは帽子の上からかぶり,顔を守る。蚊のひどい時はテントの中で過ごすのが一番だ。
乾燥した好天が続くシエラ・ネバダでは,紫外線除け,リップクリーム,スキンケア,帽子が必要で,何もしないと2~3日で唇と手にひびわれができてしまう。以前は半袖,半ズボンだったが今は長袖,長ズボンが安心できる。
燃料は現地で購入することになる。ガスが一番多く使われており,今は各社とも共通のバルブなので,どのメーカーのものを持ち込んでも安心できる。氷点下で使用することがあるので,寒冷地仕様を選ぶことがポイントだ。最新の燃焼効率のすぐれた器具を使えば,以前の倍近くガスが長持ちする。
シエラ・ネバダでは,夏の間乾燥した天気が続き,雨はほとんど降らない。降っても長く降ることはあまりない。ジョン・ミューア・トレイルの全行程2回歩いたが,雨は一滴も降らなかった。が,雨は降る時には降る。別の年には,雷の後,激しい雨がひょうとともに降り,トレイルはたちどころに川になり,バックパックの中身のほとんどが濡れてしまった。雨が少なくても,レインコートやザックのレインカバーは持っていくようにしている。テントも,フルカバーのフライ付きのものを使っている。
(8) 降雪量と山火事
その年の冬と春の降雪量が夏のトレイル・コンデションに大きく影響する。雪の多かった2011年は,7月の終わりから8月のはじめにかけてJMTの多くの峠道は雪に覆われ,峠を越すのに時間がかかり,道に迷う可能性もあった。標高の低いとこでは,川の水かさが増し,橋のない川を渡る時に特に注意が必要だった。転んで腕を骨折した人に会ったり,レンジャーから岩場ですべって歩けなくなった人の救出劇を聞いたりした。
私たちは,8月の初めから中旬にかけてシエラ・ネバダを訪れることが一番多い。その年の雪の量=雪解けの時期によって景色がずいぶん違う。雪解けが遅いと「春」で,まだ草原が緑で覆われ花が咲き乱れてきれいだ。ただ,蚊が多くてずいぶん悩まされる。雪解けが早いとすでに夏の終わり「秋」を感じる。蚊はほとんど姿を消し,花は終わり草原の草は枯れている。この時期,乾燥した状態が長く続くと落雷による山火事があちこちで起こる。8月の後半にJMTを歩いた時,遠くの山火事の煙で景色がかすんでしまったことがあった。風向きが変わって青空は元に戻ったが,私たちより少し遅くなった人は,通過直後のトレイルが火事になり,キャンプ地で煙を間近に見たとか。それ以降のハイカーは,トレイルが通行止めになったため,何日も歩いて遠回りをしたとか,困ったことになる。
ヨセミテなどでは,落雷などで自然に起こった火事は道路や公園の施設に被害が及ぶ以外は自然に収まるのを待つ。火事が起きると広範囲の森が失われるが,火事を逃れた種が芽吹き,いずれ元のような森になるという。自然の営みが尊重されているのだ。